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東京地方裁判所 昭和63年(ワ)8651号 判決

主文

一  原告が、被告らに賃貸している別紙物件目録記載の建物の賃料は、昭和五八年一〇月一日から同六二年八月三一日までは、一か月金三万五〇〇〇円、同年九月一日以降は、一か月金八万三〇〇〇円であることを確認する。

二  訴訟費用は被告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文同旨

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  小川保之助は、別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)を、昭和一九年四月一日期間の定めなく、賃料一か月二〇円で訴外大澤実に賃貸した。そして右賃料は昭和四〇年一一月から月額三六四〇円となった。

2  大澤実は、昭和四三年九月一四日死亡し、大澤実の配偶者である大澤桂子、子である大澤章及び岡部夏子が相続した。

3  その後、土地価格の高騰、物価の上昇、公租公課の増額、近隣家賃の高騰により、本件建物の賃料は極めて不相当となった。

4  小川保之助は、被告らに対し、昭和五八年九月二三日到達の内容証明郵便により、本件建物の賃料を昭和五八年一〇月一日以降一か月金五万円に増額する旨の意思表示をした。

5  小川保之助は、昭和六〇年一月一〇日死亡し、同人の子である小川久恵が相続した。

6  その後更に、土地価格の高騰、物価の上昇、公租公課の増額、近隣家賃の高騰により、本件建物の賃料は極めて不相当となった。

7  原告は被告らに対し、昭和六二年八月二二日到達内容証明郵便で本件建物の賃料を同年九月一日以降、一か月金一二万円に増額する旨の意思表示をした。

8  被告らは賃料増額の効果を争うので、原告は、被告らに対し請求の趣旨記載の確認を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因事実のうち、3及び6の事実を否認しその余の事実は認める。

2  家賃の適正額についての被告らの主張

本件建物を亡大澤実が借受けた際、台所、物置等はすでにいたんでいたのでこれを修繕し、風呂場や水洗便所等も賃借人の負担で設置し、家賃も地代家賃統制令下において被告らの好意から統制額を越えるものを支払っていたのであり、また戦時中は防災、防火活動をして本件建物付近の環境維持のために努力し現在の良好な環境を保ったという経緯があることや、本件建物の近くに適正賃料算定の参考となる貸家があるが、その賃料と比較して考えても原告の求める賃料は高すぎるものである。

三  抗弁

昭和五八年一〇月一日当時、本件建物の賃料は地代家賃統制令の適用があり、昭和五八年一〇月一日以降、右統制令が失効する昭和六一年一二月三一日までの適正賃料は統制家賃額である。

四  抗弁に対する認否

昭和五八年一〇月一日当時、本件建物の賃料につき地代家賃統制令の適用があることは認め、その余は否認する。

第三  証拠〈省略〉

一  請求原因1、2、4、5、7の事実は、当事者間に争いがない。

二1  一記載の争いのない事実に〈書証番号略〉、証人小川重行の証言、被告大澤桂子の本人尋問の結果、鑑定人大河内一雄の鑑定の結果(以下単に鑑定という)及び弁論の全趣旨によれば本件建物の賃料は、東京簡易裁判所の調停により、昭和四〇年一一月以降一か月三六四〇円となった後も暫時増額され、昭和五八年一〇月当時には二万円であったし、昭和六二年九月には二万三〇〇〇円を被告らが、供託するに至っているが、右二つの時点における賃料は、公租公課及び物価の上昇等により、低きに失し不相当となるに至ったことが認められこれを覆すに足りる証拠はない。

2  そこで、昭和五八年一〇月一日当時の本件建物の適正賃料について検討するに鑑定によれば、昭和五八年一〇月の時点においては、本件賃料は地代家賃統制令に基づく公式賃料を標準としてこれに建設省による「地代家賃等実態調査」の資料に基づき、本件の適正賃料を昭和五八年一〇月一日現在で、三万五〇〇〇円を算出したもので、これは右時点の適正賃料として相当であるというべきである。

ところで被告らは、被告大澤桂子の本人尋問の結果によって認められる請求原因に対する否認2の家賃の適正額についての被告らの主張に記載の本件建物の賃貸借の経緯があり、また、〈書証番号略〉によって認められる本件建物近くに存する貸家の賃料と比較すれば原告の求める賃料は高すぎる旨主張するがこれらを十分参酌し、かつ本件に表われた一切の事情を総合考慮しても鑑定による賃料は相当なものと認められこれを覆えすに足りる証拠はない。

したがって、鑑定による三万五〇〇〇円が昭和五八年一〇月一日以降同六二年八月三一日までの本件適正賃料であり、原告の増額の意思表示により右のとおり増額されたものというべきである。

3  次に昭和六二年九月一日当時の本件建物の適正賃料について検討するに鑑定によれば、賃料事例比較法により比準賃料を求め、これを標準とし、また前記「地代家賃等実態調査」資料による地代家賃統制令施行中の家賃の実態に基づきスライド方式により算出した賃料も参考にして、かつ昭和六一年一二月三一日地代家賃統制令が失効したことも考慮したうえで昭和六二年九月一日現在の賃料を、八万三〇〇〇円と算出しておりこれは右時点の適正賃料として相当である。そして、この時点の適正賃料についての被告らの主張についての判断は前記二2記載と同一である。

従って、鑑定による八万三〇〇〇円が昭和六二年九月一日以降の適正賃料であり原告の増額の意思表示により右のとおり増額されたものというべきである。

三  抗弁について

抗弁事実中昭和五八年一〇月一日当時本件建物の賃料につき地代家賃統制令の適用があることは当事者間に争いがないが、被告らの主張する地代家賃統制令による限度額しか認められないとする点は、地代家賃統制令第一〇条により同令の適用を受ける賃貸借関係においても、裁判所は統制額に拘束されずに同令の趣旨を尊重し、当事者の衡平の観念に合致するよう統制額がいくらであるかを十分斟酌した上で公正な妥当な額を決定し得るものと解され、前記二1記載の関係各証拠によれば鑑定による賃料はこれらの点を十分考慮しても相当なものと認められこれを不当とする事情は認められないから被告らの主張は失当であり、結局抗弁は理由がないことに帰する。

四  以上によれば原告の被告らに対する本訴請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条一項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 姉川博之)

別紙 物件目録

所在 新宿区下落合二丁目三四一番地

家屋番号 同町一二五番

種類 居宅

構造 木造瓦萱平家建

床面積 47.10平方メートル

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